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Nov
8th
Sun
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katoyuu:

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shibata616:

アメリカ人が「日本はいらない子」と言っている気がする:村上福之の「ネットとケータイと俺様」:ITmedia オルタナティブ・ブログ
2050年の予想GDP。日本はターキー以下だそうだ。「あたし、高校卒業したら、中国かメキシコにいくんだ…」みたいな状況をこのグラフは描いている。ぼくらがインドに行くと、日本人観光客に物乞いがいっぱい来て、何度も「ノーサンキュー」と言っても欲しくも無い手作りインド製アクセサリーを売りつけに来たりしていたが、それが逆転すると言うことだ。

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アメリカ人が「日本はいらない子」と言っている気がする:村上福之の「ネットとケータイと俺様」:ITmedia オルタナティブ・ブログ

2050年の予想GDP。日本はターキー以下だそうだ。「あたし、高校卒業したら、中国かメキシコにいくんだ…」みたいな状況をこのグラフは描いている。ぼくらがインドに行くと、日本人観光客に物乞いがいっぱい来て、何度も「ノーサンキュー」と言っても欲しくも無い手作りインド製アクセサリーを売りつけに来たりしていたが、それが逆転すると言うことだ。

Nov
7th
Sat
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「その人たちはみんなどうやって時間を見つけているんでしょう?」と言った。それが彼女の疑問だったのだ。それで言ってやった。「テレビで働く人は誰もその質問をしませんね。その時間がどこから来るのかはご存じでしょう。それはあなた方が50年間覆い隠してきた思考の余剰からくるのです」

では、この余剰はどれほどの大きさのものなのだろう? Wikipediaを単位として考えてみよう。Wikipediaプロジェクトの全体、そのすべてのページ、すべて編集、すべての議論のページ、すべてのコード、すべての言語バージョンを合わせると、それは1億時間に上る人間の思考の集積になる。私はIBMのマーチン・ワッテンバーグといっしょにこの数字を出した。おおざっぱな計算だが、オーダーは合っていると思う。1億時間の思考だ。

ではテレビの視聴はどうだろう? こちらはアメリカだけで毎年2000億時間になる。いまやちょうどいい単位があるので、これを言い換えてみると、テレビを見ることに毎年2000 Wikipediaプロジェクトが費やされているのだ。もうちょっと違った言い方をすると、アメリカで毎週末にコマーシャルを見るのに費やされる時間は1億時間になる。これはすごく大きな余剰だ。Wikipediaのようなものを見て「どうやってそんな時間を見つけているの?」と聞く人は、この資産を少しばかり切り出して、ティム・オライリーが参加のアーキテクチャと呼ぶところのものへと引き込んだWikipediaプロジェクトの全体が、どれほど小さなものなのか理解していないのだ。

ジン、テレビ、社会的余剰 (via yaruo) (via tessar) (via joker1007) (via aokie) (via jinon) (via skikuchi) (via jinon)
Nov
6th
Fri
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App Storeの登録アプリが10万種を超えるなど、iPhoneアプリ開発が盛り上がっているが、その一方では、企業やプログラマーが、本当は開発していないアプリを「自分が開発した」と主張するケースが増えているという。例えば、人気アプリConvertBotの開発元TapBotsは、無関係の企業が同アプリの開発作業を担当したと主張しているのを発見した。ConvertBotは完全にTapBotsの社内で開発したのにだ。この企業はほかにも、実際には開発していない他社のアプリを自社の成果として宣伝していた。

 他社からiPhoneアプリの開発を受託している企業は特に、このような被害を受けやすい。守秘義務契約のため、「それはうちが作ったアプリだ」と名乗り出ることができないからだ。受託開発企業Sugar Cubeは、見込み顧客に自社の成果物を見せると、10~15%くらいの確率で「このアプリは○○(無関係の企業)が作ったと思っていた」と言われるという。

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日本では経営者が代わっても、現場はそれほど変わらないことが多い。そのために企業独自のやり方が固定される。パッケージソフトに現場のやり方を合わせるということも慣れていない。主には、「今までそうしてきたから」という理由だけで、従来のやり方が優先されてしまう。